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春は馬車に乗って

太宰治と同時代の作家梅崎春夫。
彼の美しい短編に、春は馬車に乗って。
春が来ると、それを読んだ記憶が蘇る。
今朝、春風に乗って、自転車で川に出かけた。
10年前。
ポーランドのアウシュビッツに行こう、と計画。
この旅が一応、欧州との決別、と思い。
ナチスドイツがポーランドに侵攻した日。
ポーランド国営放送は、ショパンのピアノ協奏曲を一日中流した。
収容所に出かける10日前。
仕事の後、深夜に自転車で川を走る。
ショパンを聴きながら。
深夜、パリからワルシャワ行きに乗り換える。
ホテルに着いたのは深夜2時。
そんな思い出を今朝、この川で思い出した。
更に、英国人女性と川沿いを、この季節、よく散歩した。
ここで朝食して、川に出かけた。
川沿いに咲く紫の花を見たり。
女性の父親はトルコ人だった。
アジアの遺伝子がその可愛い顔に。
私達は英語と日本語を交代に教え合う関係だった。
私が疲れると日本語。
彼女が疲れると、英語。
今朝、川でその時代を思い出した。
いつの間にか、別れたけど。
英国でこんな春の朝を思い出しているだろうか。
春の川はまるで自分を旅人にする。  
雨が降りだし、一つの傘で笑いながら、いつまでも歩いた。
帰りの時間も忘れて。
人の記憶は小さな断片にこそ残る。

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by lautrec2kagoshima | 2018-05-27 11:48
5月20日、東京ミドタウンでの講演会へ駆け込んだ。
日本橋レデイスクリニックの野澤真木子先生の講演で。
語り口は淡々と進む。
まるで食べ物を口から食べ始める感じだ。
徐々に噛み砕きながら、栄養の吸収が始まる。
時に老廃物や不要なものに分類されていく。
先生のお話はまるで食べ物に例えられる。
私は一言一言をそんな風に例えながら聞く。
これまでの先生の医療方針の基礎となる大事な内容だ。
ふと、振り返る。
これまでいくつか学校には行ったが、ほとんど講義内容は聞いてなかった。
この日。
細部に渡るまで、お話を消化しようと。
その講義は、沈着冷静、医学者独特の持つ、抑揚を抑えた声域。
それがますます真実を倍加させる。
肉声で聴くのと、文章で読むのとは理解度が違う。
朝早く家を出て駆け込んで聴いた講座。
今後の私の細胞、血液の基礎となった。
知らない事を知る。
知的探求の一日だった。

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by lautrec2kagoshima | 2018-05-24 07:03

WOMAN EXPO TOKYO 2018

5月20日。
WOMAN EXPO TOKYO 2018.
来季より新しく展開するフローラカフェ。
その母体となる日本橋レデイスクリニックの院長先生。
その先生の講演会が開催される。
体を考えた理想の食事を中心に展開される内容です。
その入り口に立たせていただく光栄。
先生の医学的な見地からの想い。
それらを伝道する役目の私とスタッフ。
これまで人が食べる事に関して、長い期間、仕事はしました。
しかし、何が体にいいのか、悪いのか、あまり考えたことはありませんでした。
先生との出会い。
その出会いが私をコペルニクス的に変化させました。
口という入り口から小腸、大腸を経て肛門に至るまでの旅。
旅は誰よりしたつもり。
しかし人体の旅は初めてです。
驚き、の連続です。
何が?
何が。いろいろな食が口から消えていく。
どこへ行くんだ?
なるほど、と思い始めた。
20日。1番機で会場へ飛ぶ。
先生のお話を聞いて、さらに知りたい気持ちに火をともそう。


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by lautrec2kagoshima | 2018-05-16 18:02

シチリアで昼寝

シチリアはギリシャの都市国家がいくつか実在。
そのうちの最大の都市、アグリジェンド。
まるでパルテノン神殿の如く壮大だ。
外にコリント様式の建築物。
特にギリシャローマの文明大好きの私。
町からバスに乗り、片言イタリア語で下車する。
6月の南イタリアは35度以上の暑さだ。
コーラを買い、汗をかき、私は神殿で王様気分に浸る。
観光客などゼロ。
至るところに倒れた大理石のコリント。
日陰を探すのは容易だ。
オリーブの木が群生してるから。
歩き疲れたので、石に腰掛ける。
なんで?
なんで?こんなところに私はいるのでしょう。
自分を疑うけど、答などない。
そのうち、暑さで眠くなる。
そのうち、夢心地。
シチリアで昼寝。
実は世界の街でよく昼寝する習慣が。

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by lautrec2kagoshima | 2018-05-15 22:00

セルジオさんの食卓

偶然出会ったイタリア人セルジオさん宅に招かれた
家族4人の平均的な暮らし。
奥さんのダリダが夕食を準備。
定番のパスタ。
魚のインボルチーニ。
カジキマグロを薄く叩いて、中に生ハムや野菜を包む。
5人で、笑いながら食べ始めた。
おぼつかない私のイタリア語。
英語が通用しないので、さらに面白い。
言葉は特に不要。
気持ちがあれば、楽しさも倍加する。
10階の部屋から、地中海が見えた。
南イタリアの潮風は心地いい。
やがて地中海に夕陽が落ちる。
イタリア人家庭を去るのは、少しだけ寂しかったけど。
旅に出て、出会った人達と別れるのは、いつもいつも辛い思いで。
もう会えないだろう、と思うし。
心から燃えた恋がいつか鎮火するように。
人はいつかこの世から旅に出るように。
旅に出て、終わりを知る。
激しい恋ほど、突如、空気になり、その焼け跡には何も残らないように、旅は終わる。
それでも私は、再び旅に出る。
次回、久しぶりにベトナムに行きたくなったけど。
セルジオ、元気だろうか。
皆さん、元気だろうか。
私を覚えてるだろうか。

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by lautrec2kagoshima | 2018-05-14 07:51
ナポリはイタリアで一番熱い街。
旧市街に偶然、見つけたトラトリア。
DA JOVANNI
ダ、ジョバンニ。
迷路の中にそのレストランはある。
入り口に80歳くらいのイタリアーナが椅子に座り、外を眺めてた。
当時、イタリア語を片言話せた私。
今は完全に忘れたが。
若い料理人達と目が合う
プレーゴ、どうぞ、と厨房に案内される。
いかにもイタリア。
フランスじゃあり得ない。
フランスの厨房は聖なる場所だから。
プライドが違うし
そこで彼らとナポリ風トマトパスタを作る。
塩加減がすべてだ。
最後にパルミジャーノをおもいきりかけた。
シンプルな、しかし、実に腹に響く。
3年後。
シチリアからの帰り。
またジョバンニに立ち寄った。
再訪はその歓迎度が違う。
ナポリ及びイタリア人は最高に愉快だ。
午後。
イタリア美人を探しに出た。
いるいるいるいる。
カメラの手が震えるほどに美しい。
イタリア女は世界一美しい。
愛して食べて遊んで。
イタリア男人は遊ぶために生きてる、という。
ナポリには4回ほどお邪魔した。
家にも2度招かれた。
フランスとは異なり、気を使わない。
もう一度、1か月無駄にすごしたローマに行く予定。

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by lautrec2kagoshima | 2018-05-10 13:13
10年くらい前か。 
初めてベトナムに飛んだ。
ベトナム戦争後のサイゴンを見たいという訳。
1000円ホテルの前。
シクロがいた。
マイさん、という南ベトナム元兵士。
市民権をはく奪された男だ。
以降、マイさんとは3度会うことになるが。。。
そのマイノシクロに乗る。
スコールの午後。
シクロの私はビニールをかぶる。
ホーチミンの町なかを走り回る。 
3区の中国人街、チョロン地区で飯となる。
カニチャーハン。
扇風機の下、2人はカニ飯と格闘する。
カニの量がごはんの半分だ。
美味い、うまい、うまい。
最後の晩餐にしてもいいか、と思う。
3年後。再訪したサイゴン。
今度は若いシクロマン。
その場所を知らぬシクロマン。
私の記憶で探したが、見つからない。
しようもない食堂で汗をかきかき、飯を食らう。
その後、ボートに乗りカンボジアへ向かう。
丸10時間、小さなボートでメコンを上る。
村々で水浴する娘たちが手を振る。
私も振る。お互いが更に振る。
なんと美しい映像か。
夜にプノンペンに着いた。
暗い町でホテルを探し出す。
夜空の星を眺めてると、自分が見えなくなった。
多分、ゲーテ流に風になったのか。
ベトナムは帳が下りる頃が美しい。
アオザイの娘たちは世界一、セクシーだ。
眺めているだけで、せつなさ、喜びが混在となる。
色は白が素晴らしい。
ベトナム女性は睡蓮のように、ささやくように歩く。


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by lautrec2kagoshima | 2018-05-08 17:11

食紀行伊太利シチリア島

シチリアには3度足を運んだ。
地中海のへそ、と言われる文明の混淆地帯。
ギリシャ、ローマからアラブ、ノルマン。。。
バローロ市場のそばにホテルを取り、毎朝毎晩、屋台で喰う私。
タコをフライにして。
無骨なシチリアのレモンをぶっかける。
パスタにチーズを大盛り。
魚介のマリネにまたまたレモン。
市場で医療関係の男と出会う。
この男とは2回に渡り再会した。
2度目はナポリから夜行船で到着。
彼の仕事場、パレルモ市民病院に向かう。
片言のイタリア語を駆使して見つけた。
でかい病院だ。
今にも死にそうな老人病棟に迷い込んだ。
多くの老人がほとんど寝ている。
ぐるぐるセルジオを探した。
なんと、休みだった。
住所を聞いて自宅に向かう。
初めてのイタリア人家庭に招かれた。
4人家族に混じり、イタリアの家庭料理に沈んだ。
素朴な母の味がする。
イタリア南部の飯は世界一美味い?
ここから島の村々をバスで回る旅に出た。
言葉なしの旅の原点はずいぶん、楽しいものだった。


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by lautrec2kagoshima | 2018-05-05 08:51

My funny Valentine.

若くで死んだジャズトランペッター、チェットベーカー。
彼の生涯を描いた映画を見た。
1988年、アムステルダム。
麻薬のためか、窓から転落死。
私の中でジャズ演奏家として一番愛してる一人だ。
楽器も美味いが。
唄がよすぎ。
か細い声で囁くように唄う。
My funny valentaine.
ジャズと女は1960年代のアメリカではひとつのセットだ。
公民権のない黒人演奏家の差別、
そこに起因する麻薬と女。
虐げられた黒人は叫ぶように演奏した。
しかし、チェットは白人だった。
端正な顔。
しかし、今にも倒れそうな彼。
それを救いたい女達。
人気投票1位にまでなる。
マイルスやガレスピーを抜いてた。
その音色はあまりに切なく、聴く人を夢中にさせる。
私は今でも、my funny valentaineで涙するほど。
心の芯まで響く。
私もこの曲はよく演奏する。
最初の16小節の半音進行がいい。
まるでバッハのカノンだ。
ジャズは魂を引き出す。
その魂は人の命に近い。
今月からピアノトリオを再開する。
よし、my funny valentaineから始めよう。
彼への鎮魂歌として。

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by lautrec2kagoshima | 2018-05-01 22:47

私達夫婦が経営する南仏・地中海料理のお店「LAUTREC(ロートレック)」の毎日の様子を綴ります。


by lautrec2kagoshima