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フランス人の飯

フランス人、と聞くだけでなんだか、毎日美味しそうなものを食べそうです。
フランス人と暮らした経験から。
朝。カフェとバゲット。ジャムかバター。
昼。ブラスリーの日替わリランチ。
魚のムニエルやステーキにフライドポテト。
夜。家で食べる場合は、簡単オムレツにサラダ。たまにチーズ。
デザートは毎晩近くのケーキ店から、タルトやシュークリーム。
ワインは最近の人はあまり飲みません。
何とも簡素で、味気ない食卓です。
外食.安くあげたいなら、中国人のテイクアウトの店です。
暗い店内。店頭で注文すると、加熱してくれます。
春巻き、チャーハン、野菜炒め、鶏や豚の炒め物。
1人分で800円くらいです。
またテイクアウトもフランス人に人気です。
どの店も混んでいます。
私。フランスレストランで仕事の後、よく中国人の店に寄り、春巻きとごはん食べていました。
フランスレストランに行く機会は、1年のうちで何回かです。
ミシュランの星ありに行くことはまず、ありません。
3星は観光客か芸能人、政治家くらいのものです。
夜は一人3万くらいからです。
地元民は近くの定食やに行きます。
これがまた美味しいんですね。
フランス人は世界1のケチです。
気持ちがいいくらいのケチです。
まず、教育費にかけない。
自分の子供の能力を知るからこそ、無駄はしません。
まず、バカンスに使います。
お稽古ごとなど、考えもしません。
超現実的な点で中国人といい勝負です。
車もボロボロまで乗りつぶします。
籍を入れない男と女。離婚の複雑さが原因じゃなく、国に支配されたくない理由です。
フランス人は自由大すき。わがままで、スノブで。
だから素敵な女が多いのでしょう。
我が国のおばさんとは訳が違います。
年をとるにつれ、女になります。
我が同胞は年とるにつれ、おじさん化します。
フランス人の日常はあまりに簡素なごはんです。
比べて日本人のこの豊かな食生活。
by lautrec2kagoshima | 2010-02-24 22:46

厨房とレストランの壁

私の仕事場はほとんどが厨房です。
ロンドンのボンドストリートのフランスレストラン時代。
毎朝、厨房の裏から入りました。
外に配達された材料を中に入れる仕事からスタートです。
朝から夜までいつも厨房の狭い世界です。
賄いも厨房です。
どんな所でお客様達は食べてるんだろう?
どんな人達が見えるのだろう?
全然、想像もできない場所が厨房です。
自分でレストランを始めてから、初めて見る風景でした。レストランという空間。
厨房を出ると、お皿の責任はサービスする人にすべてが。
気の効いた説明、さりげないサービスと愛きょう。
サービスと味の合計がそのレストランの評価になる訳です。
土曜日。
私を育ててくださる常連のために、前夜からすべて新作、と張り切りました。
前回、一つだけ不満足なものを作った、という後悔がばねになりました。
その一言。
今夜はいいね。
7時はじまりの午前近い時間。
ご機嫌なボルドー3本も空になり、長い夜にも終始譜。
心地いい疲労で、ジャズクラブのエラのボーカルを聴きながら、朝まで起きていました。
生きてると、悩みと喜びの繰り返しです。
厨房の壁の向こうに、美味しさを待つ人。
どこまで進化、どこまで満足させられるか。
料理道はあまりに奥深く、進化と迷いのカオスに身を沈める私です。
ジャズのアドリブと同じで、繰り返しは、死を意味します。
何か新しいものを、と日々、思う私です。
by lautrec2kagoshima | 2010-02-21 22:02

狂人の旅計画

20代の頃、まじめに計画した旅がありました。
それは実現はしませんでした。
カイロからナイルを下り、その源流までたどり着く。
そこから砂漠を100キロ歩いて、スーダンへ。
スーダンの首都、ハルツームに着いたら、さらに南へ。
ナイル河の船旅は割りと簡単に計画可能でした。
スーダンまでの砂漠通過が問題でした。
ある日、スーダン大使館に出かけました。
黒人の書記官と私の計画について討議します。
一人ですか。かなりの難儀な旅ですね。
ナイルからの砂漠歩行が問題のひとつですね。
この季節は40度の気温も覚悟ですよ。
歩くのは無理です。ラクダに乗れますか?
バスはありませんが、荷物積載車は不定期にあります。
またスーダンは部族間の問題もありますから。
いろいろと相談するうち、その書記官は判断を下します。
命と勇気、どちらを選びますか?
関係本も読んで、地図まで用意していました。
今になると、行けば良かったと後悔。
その旅の代わりにギリシャへ飛びました。
エーゲ海を旅したのち、アテネの代理店で見つけた格安券。
ブルガリアの落ちそうな飛行機でアフリカへ。
サハラを南下して、ガダフィ大佐のリビアへ。
国境で危険国と知り、アフリカ1周のイタリア人クルーのジープに拾われました。
彼らと暫く旅した思い出が今も新鮮です。
スーダンは夢の国に終わりました。
狂人の計画でした。
by lautrec2kagoshima | 2010-02-11 22:51

地中海の旅

ポールセローの地中海大旅行という分厚い本の2度目に突入しました。
ジブラルタルを出て、今コルシカのコルテという村です。
私も過ごした高地の寒村です。
ナポレオンの母親が生まれ、ここで彼女も民族運動に参加しました。
地中海はアフリカ対岸も含めて、文明の起源です。
寒い秋の夕方、作者はレストランに。
コルシカワインと魚を一人さびしく食べます。
ああ、なんという幸福だ。彼はつぶやきます。
ドイツの小説家曰く、私はいつも旅にいる。他の人は毎日毎日、同じ事の繰り返し。永遠に怠惰な仕事。
何も変化のない毎日。その点、私のこの人生。見知らぬ土地、見知らぬ味。見知らぬ人。
なんだか罪悪感、しかし、神様から与えられた仕事だ。本を書く事。だから旅にいるのだ。
と、ポールセローも同じ考えに浸る。
そういえば、私も同じです。食の仕事柄、何十の国と地域を食べました。
ついでにローマ、ギリシャの文明が好きで、同時に遺跡を地中海周辺で探訪しました。
対岸のアフリカにも4回渡りました。
モロッコ、アルジェリア、チュニジア。イスラム世界です。
その対岸は南仏、ヌードの女達の世界です。
地中海はあまりに広くて、すべてを回遊するには120歳までの寿命が必要です。
ある日ママンが死んだ、で始まる、異邦人。アルベールカミュの作品。
その舞台がアルジェリアのオランという町です。
その暑い午後、私はオランにいました。出だしを思いながら、オランの町を歩いていました。
カミュはこれでノーベル賞を、しかし、そのあと交通事故で若き命を落とした天才です。
旅に出ると、裸の自分と対峙せざるを得ません。
限られた生命、ぎりぎりまで使いこなしたい、と思うわけです。
今度はどの地中海海辺を歩こうか、と深夜に思案中。
制限時間のある個人の生涯です。
この世に別れるまで徹底して夢をかじる予定です。
見知らぬ町、見知らぬ人、見知らぬ味、ただそれだけの理由で遠くへ行きたい。
by lautrec2kagoshima | 2010-02-09 21:40

私達夫婦が経営する南仏・地中海料理のお店「LAUTREC(ロートレック)」の毎日の様子を綴ります。


by lautrec2kagoshima