<   2009年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

トランク1つの自己表現

この数年、過去の旅で書いた記録や絵を時代別にまとめています。
不要なものは大胆に処分して。
2005年の春。
プノンペンの寺院である若者に出会いました。
ブンレイ、という26歳の僧です。
以来、メールでの交流が今日まで。
彼の完璧な英国英語に刺激を受けながらの交流。
カンボジア建国に命をかける若者です。
貧しい子供達、親に捨てられた子供達の救済の仕事に従事。
昨日のメールでは、寝る時間もない、との事。
可能ならいつか現地でお手伝いできたら、と思います。
次回にカンボジア訪問の際は、地雷の埋まる田舎までバスに乗り、訪ねたい。
これまで35年間、世界を歩き回り、その歴史がトランク一つ分になりました。
物金じゃない部分の貴重さにようやく理解ができるように。
毎日がらくたが部屋から消えるのは快感です。
トランク、ベース、ギター。この3点だけで十分です。
それに自転車。
さて、カンボジアのブンレイ君。
今朝も小屋を出て、道で暮らす子供達を支援したりの日常でしょう。
貧しいけれど、真剣に生きてる若者に会えるのも旅です。
トランク一つは私の棺桶みたいなものです。
最後の自分でしょうか。
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-31 08:28

レストランの役目

朝日新聞の今朝の天声人語。
フランスの料理店のお話です。
昔、若い夫婦が食事に来た。
貧しい2人は一番安いメニュを選んだ。
思い出にと、来たのでしょう。
それから30年あまり。
今度は家族で同じレストランに来た。
そのシェフの一枚も紙きれ、そこに貧しかった2人の記録が。
それを家族に見せて、涙ぐんだという。
私のレストランも多くの物語が展開されました。
20年ぶりに来たお客様。
ここで2人で初めての食事。
数年後、主人を亡くした事、ここで私と夜遅くまで話した事。
20年の歳月が昨日のようです。
ここでフランスに目覚め、T大の仏文科に進学した女性。
ここで料理に開眼し、パリに渡った人。
デザートに魅かれ、ブルターニュに住んだ人。
料理教室の女性がパリに夢中になり、私の友人のレストランに1日過ごした事。
フランス語の勉強を朝にしたこと。
15年ぶりに帰郷し、再訪した人。
単に食べる事だけじゃなく、そこに展開される物語が一番、貴重です。
レストランは生きる舞台です。
若者達は財布が軽い傾向があるので、未来に私は投資してあげます。
いつまでもいい思い出になるように、出来るだけの事を。
食事後、楽しい思い出を持参してもらいたいものです。
行きつけのモンマルトルのビストロ。
行くたびに、元気?どうしてた?とマダム。
それだけで幸せになります。
後半の料理時間、出来る限りの物語を演出したいもの。
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-29 07:55

パリ祭7月14日

パリ祭に集まるゲスト達。 
皆さんは貴族ですか?
はい、と答える人、いいえ、と返事する人。
貴族ならば、最後の晩餐になります、と私。
シャルルアブナブールを聴きながら、ワインが開く。
1985年の今日はパリに住んでいました。
5区のサンミシェルのカフェで絵を描いていました。
フランス革命以降に、発展したフランス料理です。
失業したクイジニエ達はベルサイユから市内へ。
レストランの始まりです。
今夜はゴウジャスなパリの夜に仕立てました。
食卓で一番大切な事は会話です。
共通する話題、楽しい話題。
3時間のパリ祭。
ピアノ演奏も加わり、最高に贅沢な時間でした。
モンマルトルの屋根裏でいつもアコーデオン弾いてた男。
私が手を振る。
すると、笑いながら手を振り返す。
フランスならではのエスプリ。
もう一度、パリに暮らそう、と思います。
フランスは大人の成熟。
ボルドーの熟成されたワイン。
7月14日。アジアの田舎でも花開く夜でした
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-20 21:18

戒厳令のアルジェ

チュニスからマグレブ急行で30時間。
アフリカの誇る?最速急行に乗る。
時速30キロの東欧製の古い電車が砂漠をかける。
アルジェリア国境で軍から降ろされた。
アルジェリア貨幣に強制両替を1000ドルもさせられた。
アルジェはアラブ原理主義に侵略されてる危険地域のひとつ。
外務省の危険地区に指定されてる。
アルジェは地中海に面した美しいプチパリと呼ばれた。
その背後にカスバと呼ばれるゲリラ地区がある。
昼なお暗いカスバを少年に案内してもらう。
暗い家々からのぞく地中海の青さに感動する。
別れ際、少年にこずかいを渡そうとした。
少年はそれを断固として断ったのだ。
誇り高いアラブの血を感じた。
この少年とのやり取りを当時の朝日新聞全国版に私の記事で掲載された。
日常は平穏、しかし、常に町かどには軍隊がいる。
そのままモロッコに入国。まさに平和の国だ。
アルジェリア貨幣を銀行で両替しようとした。
できません、スイスの世界銀行でしかできません。
旅の終点、パリでアルジェリア人探しに奔走。
ついにレート無視でフランと交換した。
戒厳令の国は常に緊張するが、普段の生活は平和だ。
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-08 08:17

戒厳令の韓国

パリ行きの隣に座る韓国の若いエリートビジネスマン李さん。
今度、ソウルに来ませんか?
フランスから帰国後に電話が鳴る。
翌週、カメラ3台持ち、ソウルの金浦空港に降りた。
なんですか?このカメラ3台も。
目的、そして誰と会うのですか?
戒厳令の敷かれた韓国の入管はかなりの厳しさだ。
軍事施設、橋、公共の建物。
軍の支配する国は自由のない動物園に似てる。
ある朝、デパートの屋上で、3脚を立てた。
カメラは中サイズのアサヒ6x7.
すぐに軍関係者に厳しく注意された。高い位置からの撮影は禁止されている、とのこと。  
北朝鮮から、戦闘機で数分の距離だという。
戒厳令の敷かれたスペインも厳しいものだった。
1972年、フランコの軍事独裁によるスペインは暗い空気だった。
1983年のアルジェも戒厳令の区域で、危険が蔓延していた。
今の韓国は自由な空気が漂う
李さんと1週間、韓国内を案内していただいた。
北朝鮮の境からプサンまで豪華な招待の旅。
あれが最初の韓国の旅だった。
戒厳令がいい思い出だ。
ソウルの若い学生達と熱い議論した夜が懐かしい。
日本の大学生とは比較にならない意識の高さに驚いたものだ。
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-05 07:50

マルコス時代のマニラ

過去3回の訪問か、と振り返る。
1度は成田までついたが、フィリピン航空に遅刻。
うなだれて成田山に参拝に向かう。
思い出のマニラ行き。
午後にマニラ到着。怪しいタクシーに乗せられて、スペインレストランへ。
お客様はなんだか政府高官や怖い人達だ。
楽団の生演奏付きで、ごちそうが運ばれる。
400年近いスペイン統治のせいか、レベルは高い。
怪しげな運転手は食事中、外で待機。
そのあと、中心街で降りた。
警察官が近寄る。。
ピストル買いませんか?
どこにあるんですか? 
私のこれですが。
100ドル安いよ、性能いいよ、日本高く売れるよ。なんなら輸出できるよ。
手にアメリカ製のレボルバーが重い。
マルコス政権時代、警察の腐敗は相当なものでした。
バスに揺られて、島に向かう私。
途中で、暑いので道端で髪を切る。
バンカ、とよばれる小舟に乗り、島に渡る。
なんだ、日本人の怖いお兄さん達の集団がいる。
現地の女達同伴で。
ふとアメリカ人が声を私にかけた。
小舟で食糧を運ぶ役をしませんか?
どうやらアメリカ映画の撮影らしい。
現地の男と小舟で出演した。
マニラはアジアでも独特、何が?
アメリカとスペインと地元民が混血してる。
猥雑で楽天で悲惨を一つにして、100年間煮詰めた味だ。
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-04 16:57

サイゴンのシクロ乗り

未来の理想の仕事のひとつ。
それがサイゴンでのシクロ乗りです。
2度の訪問でシクロ乗りと出会いました。
シクロは自転車を改造した乗り物。
市内をお客様を乗せて運びます。
1時間1ドル
重労働ですが、日常の自転車生活で鍛えた脚力を試してみたいです。
サイゴン4区のスラムに住むマイさん。
元政府軍兵士。
市民権剥奪後の人生は悲惨でした。
いつかサイゴンでシクロ乗りしたいものです。
年賀状を見て、ああ、現在はサイゴンに暮らして居るんだ、と、言われました。
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by lautrec2kagoshima | 2009-07-02 23:30

私達夫婦が経営する南仏・地中海料理のお店「LAUTREC(ロートレック)」の毎日の様子を綴ります。


by lautrec2kagoshima