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カスバの女

チュニスの旧市街、カスバは昼なお暗い。
夜中に歩くと、出口どころか道に迷う。
私は好奇心だけでどの町も彷徨う。
左から2人目の女性は親戚を訪ねて、隣国アルジェリアから来ていた。
アラブは共通の言語、アラブ語で連帯している。
一人だけ服装が違うのは、生活レベルのせいだろうか。
アラブの旅はコーランの町中に響く放送に包まれる。
どんな小さな町にもモスクがあり、早朝から部落にこだまする。
さしずめ、町内会の放送か?
左のファチハさんにアルジェの住所を頂いた。
その年、彼女からクリスマスカードが届いた。
3年後、チュニジアを再訪。
チュニスから電車でアルジェに向う。
40時間の地球最悪の電車の旅だった。
時速20キロの2両編成の旧い東欧のジーゼル。
砂漠の気温、夜の寒さ、暖房が効かないので、持ち合わせの服を全部。
それでも寒い。
2日かけてアルジェに着いた。
プチパリ。地中海の美しい港町。
背後にあるカスバの風景はフランス独立戦争を想起させる。
ファチハさんの住所を見せてタクシーに乗る。
郊外に彼女の家発見。
本当?本当だった。
大歓迎と食事と、それはアラブ式の温かい歓迎だ。
別れにマッチや石鹸を差し上げようとする。
気持ちがこもる。
アルジェを去り、モロッコへむかう。
途中、オランに止まる。
アルベールカミュの異邦人の舞台だ。 
若くで交通事故で死んだノーベル賞作家。
ある夏、ママンが死んだ、で始まる小説だ。
当時もアルジェリアは過激派の支配する危険な国家に指定されてた。
ほとんど物の不足していた社会主義に支配されていた。
この旅は最悪で最良の時間だった
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-27 21:11 | 旅行雑感

男の乗り物モーガン

南仏のアンチーブの海岸で、英国のスポーツカー、モーガンと出会う。
革ジャンを羽織る英国人、渋い中年男が一人。
座席後部に革のトランクを積んでる。
木製のフレームが栄光の時代を思わせる。
こんな南まで男は一人で英国から旅に出た。
私の属する英国MGクラブの連中は何時もオランダやスペインに出かける。
現地のMGクラブとの合流と交流。
英国に住んだ私は、どんなに彼らが生きる事を楽しんでいるのか、よくわかる。
2台のスポーツカーが出会うと、競争しようか、となる。
沼地を見つけると、自動車で渡ろうとする。
また沼地を誰が一番早く泳げるか、と争う。
モーガンの男は車から降りてカフェに座る。
私も近くに座る。
いいチャンスでモーガンの絵が描ける。
春の陽気、南仏のこの町が好きで3度も訪ねた。
ピカソが活躍した町だ。
一番役立たない自動車が2人乗りのオープンカーだ。
荷物も積めない、乗り心地は悪い。
修理に手間がかかる。部品がすぐにない。
文化文政の産物、世紀末のガラクタ、ほとんど需要がない。
私が自動車に変身するなら、勿論、このがらくたに限る。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-25 20:43 | クルマ

パリの地下鉄生活者。

垂れ流しの地下生活者。
こんな蒸し暑い地下鉄に暮して、風呂もいらずに長い間。
起きてるのか、寝てるのか分らない。
ベテランのこじきはその服装や態度で分る。
先ず、横たわる時間がながい。
そして、アル中である。
からのワインのボトルが転んでいる。
新米は服装がまだやつれていない。
通勤者の恵みで生きている。
観察すると、フランス人の他者への気持ちがとてもやさしい。
50円、100円と差し出す。
大きな犬と座るこじき。
この犬に恵んでください。ご飯食べてないのです。
犬との組み合わせはまるで銀行だ。
預ける人のなんと多いことか。
動物にはフランス人は弱い。
地下鉄で通勤してた時代はあまり、浮浪者は気にならなかった。
旅でパリに着くと、最近のこじきの増加に驚くばかりだ。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-24 21:44 | 旅行雑感
北アフリカの南まで1両編成の電車で下りました。
サハラ砂漠に近い町、ガベス。
裸足で旅する私が市場で買い求めたメロン。
暑いので水分補給に役立ちます。
このおじさんは盲目です。
私と並んでメロンにかぶりつきます。
ここまでくると、フランス語は通じません。
先住民族、ベルベル人の洞穴住居が広がる砂漠です。
一人でぶらぶらとあても無く、旅が流れていきます。
イタリア人のアフリカ一周のジープに乗り、隣の町で移動です。
以来、3回も北アフリカへ飛びました
暮すにはいい場所です。
夜の暗い事、何も見えなくなります。
裸足で毎日毎日歩いていました。
乾いた砂漠で一番上手いのがみずみずしい果物です。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-23 21:34 | 旅行雑感
南仏アルルのランチより 
魚のスープ、スープドポアソン。
ゴミヨーで評価されてる小さなレストラン。
どこか私のつくるスープと似ている。
パリで食べたスープに比較して海の匂いが残り、野生の味がする。
2杯も食べてしまう。アイヨリも昨日のマルセイユのと比べて、遥かに上手い。
帆立貝のエスカロープ、野菜ソース。
ガルニチュールに野菜のジュリエンヌをゆがいて、帆立はバターでソテ。
ソースは人参ノピューレとクリームでやや重い感じ。
フランス人の好みか、若干、塩が飛び出してる感じだ。
デザートは洋ナシの赤ワイン煮。これは普通だ。
ソースの量がもう少しすくなくてもいいか。
サービスの女性がとても感じのいい人だった。
第一印象でそうおもわせるのはプロの第一条件である。
プロバンスの皿の色がとても美しい。
アルルのレストランは地方色豊かな食材で満たされていた
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-23 21:24 | レストラン便り

パリジャンの心意気

パリ18区のホテルの窓から、ふと下界を眺めました。
1月の寒い夜、凍えるような寒さです。
ルピック通りの玄関先で老人が固まる。
寒いのだろう。
まさか死んでるんじゃないだろう。
じっと目を凝らすと、僅かに動いてる。
零下5,6度はあるでしょう。
ふと男が顔を上げます。
偶然にも目が合いました。
何かを訴求してる様子です。
多分、空腹と寒さでつらいのでしょうか。
たまらず階段を下りていく私。
ムシュ、こんばんわ。
ああ、ボンソワー、ムシュ。
あなたパリジャン?
そうさ、おいらはパリうまれの純粋なパリジャンよ。
そして私がクロワッサンを差し出す。
すぐに手が伸びる。
何?私に不快な表情でそのパンを返した。
プルコワ?何故?
あのね、おいらも年寄りで動物性の油脂を食べないように気をつけてるんだよ。
さすがの私も参りました。
ホテルに戻り、残りのバゲットを持参。
これこれ、有難うよ。
パリジャンの健康法師でした。
どこまでもプライド高いラマルセエーズ精神でした。
寒さに耐え切れず、すぐさまホテルに退散。
ジャポネーズの負けでした
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-19 23:17 | 旅行雑感

舞台は真冬の釜山

元旦の夕方、とぼとぼと釜山の裏道を歩く私。
旧市街で家並みが複雑なため、自分の安旅館を失う。
すみません、三和旅館探しています。
ああ、連れていきますよ、と初老の男。
私、延岡で育ちました。
かなりの日本語を話せる人だ。
ここで主人公はいつもの気を許す場面。
ここですよ、とその男。
カムサンミダ。
ところで夕飯まだでしょう?
いいところご存知ですか?
ああ、地元だし、詳しいよ、と男。
海辺のひなびた地元民でにぎわう食堂へ。
なにやら韓国語で注文が始まる。
ひらめ、かに、あわび、新鮮な魚介が並ぶ。
刺身も大盛りだ。
男は大瓶の焼酎を頼んだ。
おあいそ、と私。
赤ら顔の男はさっさと出て行く。
ワー、高いよ。
すでに手遅れ状態です。
チュニスの教訓、役立たずです。
翌朝、田舎へ向う釜山駅での事。
すみません、少しお金貸してください。
これも初老の男。
私を信用して。これが住まいの住所です。
1000円出すと、もう少しだけ。。
韓国でもむしり取られそうになりました。
旅に出たら無心される事の覚悟です。
インドの喜捨と思えばいいのでしょう。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-18 17:49 | レストラン便り

食の歴史

舞台は北アフリカ、チュニスのフランス料理店。
地中海の対岸、チュニスにパリから飛びました。
一人、ブルギバ通りを歩いてると。。。
ムシュ、いいレストランがありますよ。
それは美味しい魚介と新しい野菜料理で評判ですよ。
嬉しいですね、案内してくださいよ。
アラブ系の黒人だ。
ここですよ。お、なかなかしゃれてるね。
そこで男に小銭を渡そうとしました。
軽く拒否、お、プライドが高いぞ。
と、思う暇も無く、男は私に附いてくる。
同席の構図でした。メニュを見ながら、相談もせず、注文をドンどん。。
2人してチュニスの高級フランス料理を堪能した。
会計?
ひぇー、高い。このチュニジアにしては高いぞ。
多分、店側からもたかられているのでしょう。
それでもおいしかったので、満足でした。
男いわく、今夜はどうしましょうか?
冗談じゃない、一人で食べるよ、と私。
お国が変わればこんな事もあるのでしょう。
と、内心思い出にしたいところ。
以来、韓国でも同じ経験をした。。
教訓は生かされないのが本質か。
遠いアフリカまで来て、騙された私はその後、フィアットで南下しました。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-17 20:41

生き物としての音

ほぼ満席の午後のライブ。
目の前にお客様たちがお待ちです。
窓から海の風と空気が流入してきます。
ボサノバの舞台としてこれ以上はありえません。
フルートとギターだけの音で紡ぐ舞台です。
会話を2つの音でお客様をも演奏家に仕立てます。
誰もいない舞台、満席の舞台。
その差はあまりに大きいものです。
相方の呼吸や感情の幅、厚さ、そして表現力を最初の一音で読み取ります。
読み取る作業は同時進行です。
その作業から初めて音の構築が始まります。
お互いの音を聴く。
聴く事でそれに反応が瞬間に発火します。
1秒1秒と変化する音の行方。
止まれない思考の流線。
それに乗り遅れたら最後です。
遅刻しない方法は普段の練習しかありません。
海の風を浴びつつ、気分はブラジルの浜辺です。
ベルツ博士の日本人観。
日本人は好奇心が強く、何でも想像で楽しんでしまう民族。
あまりお金に拘泥しないで、生きるを楽しむ民族だ。
明治時代の日本人観です。
今は拝金主義の堕ちた民族の部類かもしれませんが。
午後、想像と創造で1億円分の音を手に入れました。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-15 23:06 | 音楽と生演奏

新しい恋人

21年間連れ添った古女房と別れました。
MGB1964年式44歳でした。
雨の日も風の日も言う事を聴かない愚妻でした。
何度も追い出そうとしました。
何度も家出しました。
しかし,昨年のMRIでかなりの重症だ、と判明。
英国の病院と何度も交信して、病状を伝えました
究極は私の英語力不足でした。
ある部品と故障の関係性を正確に伝える事が出来ませんでした。
本国に送りますか?
輸送費,その他の経費が莫大なものに。
1年間ガレージで冬眠していました。
瞳孔も作動せず、心拍が少し、の重態。
1月、救急隊により東京の救命センターに搬送。
現在、もう一台のMGから臓器移植中です。
その替わりにMBFが新しい恋人として私のもとに。
おそらく20年は乗れる新型のMGです。
レザーシートと木製のパネル、まさに英国です。
来週、船に乗り東京から興しいれです。
2度目の青春のスタートです。
また深夜に海岸をサーキットとして暴走します。
レザーのクラブジャケットにゴーグルしましょう。
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by lautrec2kagoshima | 2009-02-12 20:45 | クルマ

私達夫婦が経営する南仏・地中海料理のお店「LAUTREC(ロートレック)」の毎日の様子を綴ります。


by lautrec2kagoshima