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安息の毎日?

32年間の歴史が終わりました。
安息か、と思いきや東京移動の作業が。
アパート移動は学生時代からベテラン。
ロンドンも3回経験済みだ。
ロンドンは2回目がひどい目に。
隣がアラブ人の若者達が集団生活。
で、アラブ音楽が一晩中鳴り響いてた。
うるさくて大晦日に荷物を背負い、ハーマースミスに。
ところが今度は管理人がうるさい。
東欧からの出稼ぎ叔母ちゃん。
門限はあるし、清掃時間はあるし、彼女は泊まらせてくれないし。
何もいい事はなく、寒いロンドンの冬にまたまた移動した。
ロンドンは貧乏なので制約の多いアパート暮らし。
そして今回。
レストランで長い間使用した皿類、グラス類などが山済みだ。
これで生きてきた、と思うとなかなか捨てられない。
しかし最後は捨て去る。
実に爽快だ。
私は何に対しても未練はほとんどない方だ。
捨てると気持ちが明るくなるし、身軽にはなるし、スタートラインな気持ち。
夢は日本橋のカフェを有名に仕立てたい。
時間はかかるが、その分、楽しみだ。
終りは始まりの原点。
レストランはほとんどカラになった。
22年前は未来を見てた。
今は別の未来を見てる。
さよならは別れの言葉じゃないね。
またロンドンにもパリにも近い内に行こう。
Merci a Lautrec,Je n`oblie pas mon restaurant.
30日にひとまず東京に向かう。
6月3日よりシェフとして厨房に立つ。
私はルネサンスして再び栄光の時代を作る。
別れに多くの常連達がお祝いしてくれた。
忘れない、永遠に忘れない。
一人の若者がフランスから帰った。
金も知り合いもなく、ただ自分の夢だけで今日まで。
値下げも妥協もなく、ひたすら夢と理想を追いかけた。
残りの日々。
一人、カフェをすする。
パンを焼く。
名残惜しい


# by lautrec2kagoshima | 2019-05-18 14:02

最後の晩餐

5月14日が最後の晩餐になりました。
32年間、3度の移転。
最初は小さなケーキやさんでデビュ。
何事も最初は小さく、おとなしく?
当時はフランスに行くのもまだまだ珍しい時代。
まさにフランス文化の頂点、ガストロミーを背負い帰国。
知ることが好きな私は限界を超えてた。
お金儲けなど眼中にはなく、ただひたすら探究してた。
だから4年後の渡仏は銀行借り入れまでした。
今では考えられない事だ。
5年目くらいから自分の限界を超えて仕事が来た。
疲労して満足できない日も出て来る。
高熱でうなされても深夜まで仕事をした。
やがて今の場所に22年前に移転した。
最後まで手を抜かずに、ひたすらお客様を喜ばせ、驚かせ、の日々。
以来毎年フランスやイタリアに向かう。
少しは余裕もできて寛げる座席でパリにも行けるようになった。
しかし、苦労したのか貧乏症なのかやはり安いホテルと安い席が安心する。
昨夜は長い歴史の常連達。
遅くまで会話が弾んだ。
お互いにここで出会った顔なじみの方達。
一組目が帰る。
あの方達の分までお支払します。
黙ってそのままお帰りになられた。
私には定年もなく、すぐに新しい仕事が始まる。
新入社員?
分野は異なれど、仕事は同じだ。
社会人としては何にもできないけど、アイデアや面白い事は得意。
楽しい時間をいただき今は砂浜にごろり、となりたい。
さよならロートレック。
ありがとうロートレック。
最後までフランス流を貫いた。
私の中で永遠に生きる。
そして皆様の心の中にも生きて欲しい。
6月から東京が舞台。
場所は変われど精神は不動です。
新しい場所からまた報告します。



# by lautrec2kagoshima | 2019-05-15 07:06

材料仕入れ制限の巻

残すところあと10日。
余らせないように仕入れを制限する。
おや?チョコレートが1キロあるぞ。
今朝は大好きなチョコレート菓子を焼いた。
最後だなあ。
ま、感傷に浸る場合じゃない。
明日からの予約客のためにメニュ構築だ。
ここの仕事は終わるけど、舞台が移るだけだ。
いくつかの心残りはあるけど。
一つは私のパンを愛してくれた人の事。
最後に焼き方を教えよう。
出来るから。
ここまで私のパンを愛した人はかつていないと思う。
ここから世界に出かけたものだ。
羽田や成田から乗り継いで遠くはアフリカへ。
パリで乗り換えて地中海へ。
眼下にはアルプス。やがてマルセイユだ。
そしてチュニジアの空。
眼下には白いアラブの家が並んでる。
モスクが見えるとアラブに。
チュニジアからアルジェリアへ。
鈍行で40時間の旅。
わあ、アルジェだ。
青い空、暗いカスバ。
チャドルの女達。
朝暗い内から流れるコーランにアラブを抱きしめる。
余りに違うアラブ風の匂い。
今朝窓を見ると、ここから世界に飛び出した事を思い出す。
故郷はロンドン、パリ、そして鹿屋だ。
残り時間を丁寧に食べ尽くそう。


# by lautrec2kagoshima | 2019-05-10 19:34
あと10日でお終いか。
まだ材料もあるのに。
まだ料理したいのにね。
昔のケーキ写真を見る。
へえ、すごいね。
偉いね。根性あるね。
作れるんだね。
そうだよ、作れるよ。
プロバンスに夢中した頃。
ニースに毎年通う私。
ソレイヤードいうテーブルクロスを買い求めたなあ。
あのリズムのある模様だ。
そして再び東京が舞台だ。
田舎も都会も私にはあまり差異は感じない。
夢は実現する事だけを見た。
だから夢は叶ってきたんだ。
少年時代は種子島で過ごした。
来週その島に行くことにした。
蝉取り少年の足跡探しだ。
夏休みは朝から暗くなるまで蝉取り。
母が言ってた。
蝉の命は1週間だから逃がしなさいよ。
その島で海を見る。
はるか世界を夢見た少年がいた。
16歳で国外に出ようと試みたが失敗。
20歳で片道券でロンドンに沈んだ。
まるきり貧乏した。最高の貧乏だった。
この世でお金で買えないもののなんと多い事か。
金が不足しても大丈夫だ。
欲しい物がないと自由だから。
貧乏は最高の贅沢
しばらくで大好きなロートレックもお終い。
旅の途中、田舎の安ホテルでよく徒然草を読んだものだ。
なんせパスカルのパンセだからね。
異国ではハートに響いたなあ。
残りを悔いなく、スマートにね。
Au revoir a tout le monde.


# by lautrec2kagoshima | 2019-05-08 20:29

終りの美学

自分が夢見て始めた仕事の終わり。
最後のゲストは果たしてどなたなんだろう。
最後の料理は何を作るだろう。
フィナーレに相応しい料理になるんだろうか。
毎日毎日が真剣向かい合うライブの仕事。
夜に目が覚めた。
もう今月で終わりなんだよ、と自分に語りかける。
ロートレックは36歳で自分の人生を終えた。
私のロートレックは32歳で終える。
フランス映画に邦題、みなさん、さようなら、という作品がある。
全てはさよなら、で終わる。
6月から舞台は東京に。
新入生の気持ちで新しい世界で開花したい。
今思う。
自転車で駆けた故郷の山や川が急に愛しい。
私を育てた故郷の空気や川や海。
田舎から飛び出した青年は東京からロンドンを経てパリにたどり着く。
言葉も不自由な頃に世界デビュ。
実に色々な異国の街をさ迷う。
夢を食べて、現実で稼いだ。
私に勇気をくれた人達にありがとう。
今朝の英語は最後の授業だった。
ルイマル監督のさよなら子供達、という映画の気持ちになる。
最後の授業料の封筒に書いてあった。
長い間、ありがとうございました。
5年間、寒い冬も暑い夏もこの女性はここに来た。
少しずつ伸びていく英語。
それを知るのが一番の私の楽しみだった。
まだまだ教えてみたい生徒だった。
一つ一つが終わる。
頑張れよ。負けるな。
何人かの生徒達にお別れをした。
ごめんね、途中で終わる事。
常連達も泣いてここを去った。
思い出の場所だったんだ。
昨夜も記念写真を写した。
元気でね。
やがてここの電気は消える。2度と明かりがつかない。
私は一人でまた故郷を離れて旅にでる。
青年は荒野を目指す、の2回目だ。
今夜も真剣に料理と対決するんだ。

# by lautrec2kagoshima | 2019-05-04 16:21

1986年5月1日

この日だった。
ロートレックの開店の日。
1986年だ。
そしてこの5月に終わる。
変化を恐れては何も始まらない。
フランスを中心に仕事した。
不器用な私は一つを追いかけるしか能力はない。
それがこの仕事だった。
休み感覚はゼロだった。
自営の宿命は想像以上に束縛感があった。
東京を歩いていても、パリを歩いていても予約が入る。
どこまでも束縛された。
夜にはメニュを考える。
あの人には何を作ろうか。
高校の授業進行はどうか。
期末試験は何を出そうか。
英語の生徒さんの私立問題集を注文しないと。
明日からのパリのレストランのシェフのお見上げは?
月末の支払いはいくら?
バターの在庫は?
毎日が自分を守る仕事に追われた。
そうか、今日が開店した日か。
次の段階に向かう。
Step to the next.



# by lautrec2kagoshima | 2019-05-01 07:06

最後の5月

1086年5月。
新緑映える5月1日。
ロートレックの開店の日。
この5月に閉店の日。
32年間泳いで来た日々を思う。
開店の朝、オーブンに火を入れた。
その音が今は懐かしい。
過去も未来もなく、今を生きるのが精いっぱいな毎日が始まる。
ジャズも3年間一度も聴かない日々。
本も読まない、どこにも行かない日々。
毎日毎日を終わることだけが仕事だった。
時間もお金も気持ちの余裕もなく。
ひたすら泳いでいた頃が遠い。
開店4年後。
再びフランスに出かけた。
働いてたお店を訪問。
仲間達が温かく迎えてくれた。
それから遠い時間が過ぎた。
1999年、2011年と2度ロンドンに行った。
20歳の頃の私に会いに行く。
そこから私の人生は始まる。
多くの人達に助けられた。
なぜかいい人達に出会う幸運に恵まれた。
フランスイタリアのレストランの厨房にも立てた。
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以来、旅の人生がはじまる。
旅のために仕事をする。
毎回毎回旅のために日記を書いた。
絵も描いた。
旅も恋も同じで始まりと終わりがセットになってる。
だから、毎回毎回真剣勝負だった。
旅の終わりも恋の終わりも知るからこそ、命を賭けた。
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私のレストランも同じだ。
お客様にも真剣料理してきた。
さらば、わがロートレック。
また私は旅に出ることにする。
今度はここには戻らない。
潔く立ち去るけど、これまで出会ったすべての人達を抱きしめたい位。
明日は新世紀だ。
旅立ちに相応しい明日。

# by lautrec2kagoshima | 2019-04-30 14:51

20年ぶりの再会劇

20年前、毎月おいで下さった方が遠方からいらした。
まだ移転したての頃だ。
私も未来だけを見つめて走り出した頃。
今より未熟な料理、しかし熱意は今以上に。
ある日彼らがベネチアに行くことに。
ベネチアには4回ほど訪問してるので、話が盛り上がる。
どうだ、こうだと。
そして20年の時が流れる。
20年は長い。
20年は人生の開花期。
お互いの不在の間、違う場所で呼吸してた。
車がやがて到着する。
ドアから出てくる。
20年の長さは1秒になる。
顔と顔。
その頃の顔、声、表情。
変わらぬ印象だ。
時は流れても気持ちは不変だった。
店内に入るなり、懐かしい、変わらないなあ。
ポルトガル語でsaudade.サウダージ。
哀愁の意味。
分かるなあ、その気持ちが。
やがて時間は過ぎて彼らの見送る。
小さくなる車。
手を振る姿。
出会いと別れ。
なんとも美しい春だ。
恋は錯覚。
友情は自覚。
だから永遠に生きるのだろう。
友よ、また会おう。


# by lautrec2kagoshima | 2019-04-28 18:10

残り時間

仏蘭西料理の世界に強い憧れを抱いた時代。
その時間もあと少しだ。
長距離ランナーの孤独。
常に味との対決勝負。
時に敗退、たまに勝利。
その繰り返し。
料理日記を読み返す。
楽しさと苦しさ。
そのブレンドが今初めて美味しく感じられる。
一番恋したのはフランス料理。
一昨日日本橋の裏道でカフェした。
パリに本店を持つカフェ。
ラスパイユにあるカフェだ。
ギャルソンはフランス人だ。
気持ちのいい挨拶で始まる。
今度からは日本橋が仕事場になる。
私は進化する、更に。
残り時間というより継続時間。
休まないで継続していく。
楽しみな未来が待つ。
幼い頃を過ごした種子島に行こう。
海を見て世界に憧れた少年時代。
ポルトガル船が漂着した島。
そのポルトガルにも2度行った。
残り時間、フランス料理で楽しもう。

# by lautrec2kagoshima | 2019-04-26 15:57

歴史の瞬間

何が思い出ですか。
1年に1,2度仕事を離れて世界に飛び出した自分流バカンスです。
何が目的でしたか。
フランスの空気を吸い、カフェに座る。それが目的です。
どこが一番お気に入りですか。
パリだと18区や19区です。
どうしてですか。
移民の多い地区はパリらしくないのですが、何か生きる力を感じます。
パリでの仕事は何が思い出ですか。
やはり言葉の点で苦労しました。仕事は出来ても休憩時間に雑談は無理でしたから。
日本人と違うところは?
彼らは個人主義でわがままですが、仕事にはプライドが感じられました。
バカンスで深呼吸するからこそ、いい仕事ができるんだ、と同音異句。
外にどこに再訪したいですか。
シチリア島です。3回行きました。大好きなギリシャ神殿もあり、その場所で昼寝しました。
オリーブの木の下に昼寝すると、なんだか哲学してる気持ちです。
今後の予定は?
東京ベースに故郷やフランスで暮らす計画です。


# by lautrec2kagoshima | 2019-04-08 15:05

私達夫婦が経営する南仏・地中海料理のお店「LAUTREC(ロートレック)」の毎日の様子を綴ります。


by lautrec2kagoshima