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ふらり、と友人が来た。

1970年代にパリに暮らしてた友人が久しぶりに来ました。
パリ革命の後、まだソルボンヌあたりは舗装が破壊されてた頃です。
フランしーヌの場合、が流行して、全共闘が熱く燃えてた東京。
大学が完全閉鎖されてた秋に一人でロンドンに飛びました。
同時代を経験した者だけが分かる社会に対する反抗と抵抗。
サルトルが熱かった時代です。
秋口にオランダのデルフトにある、フェルメールの名画、青いターバンの少女に会いに行こう。
9月までは日本で展覧されるそうな。。
この計画は第3.
第一はベルギーに食探訪。
帰りにパリ2区のいつもの器材やに寄ろうか。
ついでにシェイクスピア書店に入り。。
ホテルは6区のマイルス、バドパウエル、レスターヤング、ヘミングウェイの定宿だったルイジアナ。
通えど通えど、尽きない魅力のパリ。
久しぶりに再会したい友人達。
パリに抱かれて眠りたい気持ちです。
私の生涯の仕事を運命させたフランスです。
27年めのレストランは私の表現舞台です。
出来るだけシンプルに。
出来るだけ味に訴求力を。
そして皆さんを驚かせたい。
何もできませんが、唯一、料理に賭けた人生です。
オランダには1カ月住んだ事もあり、懐かしい国です。
今夜からフランス語のニュースを聴きましょう。

# by lautrec2kagoshima | 2012-05-12 22:50

happy birthday lautrec 26anns

1986年5月1日、ロートレックは誕生しました。
26年前の事です。
30歳を過ぎたばかりの私は暮らしたパリから帰りました。
生意気な青年はフランスを背負い、故郷に帰りました。
ほとんどお金のない、しかし夢だけはありました。
フランスで学んだ事、それは誠心誠意に仕事に向かう、という姿勢でした。
短期間で上昇するのではなく、少しずつ成長していく、という気持ちです。
26年の間に20回以上の渡仏。
常にライブなフランスを感じるためです。
経営の理念は本物志向です。
変わる事、変わらない事。それをわきまえる事です。
土曜日はドイツからの弦楽カルテットと我が故郷からドイツに学んだ女性のコンサートの打ち上げ。
ドイツ語、英語、スペイン語、フランス語が入り混じるEU世界が展開。
若くで単身ドイツに向かったピアニスト。
誰も知らない、誰も分からない苦労と喜び。
2度の外国暮らしで経験したもの、それは計り知れない重さの宝です。
分野は異なれど、未来に花咲いて欲しいものです。
フランスに暮らし帰国した瞬間から現実でした。
そして26年が過ぎました。
それでも知らない事だらけです。
知らないから知りたい、この単純な気持ちをこれからも大切にしたいものです。
まだ暗いパリの朝、そして夜更けのパリ。
世界を歩き回った最後の夢の場所。
それがパリです。
ただ歩くだけで、私に教えてくれる、生きる悦び。
27年目の私の仕事。
これからも、夢の食卓を目指します

# by lautrec2kagoshima | 2012-05-01 17:47

スイカの午後

パリ5区の19世紀の古いホテルの部屋。
歩き疲れた私はマルシェでスイカを買う。
そういえばスペインのグラナダでも、チュニジアの砂漠でも、ベトナムのメコンでも。
何?そうスイカを思わず購入してたぞ。
スペインじゃ風呂に水を張り、丸ごと冷やした。
使い捨てのナイフでグサリ、と切断。
のどが渇いた、という理由じゃなく、誰も知らない異邦にいる、という自分の存在確認か。
最近、ニコンのF100を入手しました。
最後の銀塩カメラの名作です。
もちろん、白黒で写す道具です。
巴里時代、ミノルタで50本のモノクロで撮影しました。
30代初めの若い感覚で写したものです。
今じゃ到底、写せない鋭角な風景です。
この年齢でパリを写そう、と準備中。
特にまだ暗いパリや深夜に沈みそうな裏町を写したいもの。
2010年の秋。
朝日に幻影されたノートルダム寺院の何とも感動的な色。
その隣でジプシーが私に弾いたロマの曲。
若い頃に女と深夜に肩並べて歩いた同じ場所だ。
今にもプルーストが出てきそう。
今にもフィツジェラルドラルドが笑いだしそう。
パリは白黒が似合う。
背景にはアンリサルバドールの枯れた声がいい。
パリは悪魔の棲む街。
昼間は貴族の匂い。夜は娼婦の甘い香り

# by lautrec2kagoshima | 2012-04-19 15:59

小さな旅のような時間

今朝自転車で近くのスーパーに出かけました。
猫君の砂を買いに。
レジに並びます。
先客が80歳位のおじいちゃんです。
何やら十円玉や1円玉を沢山数えています。
小さな財布から出しています。
合計600円くらいのお買いものです。
ずいぶんと並べました。
すると、レジの係が20枚以上の10円は一度に機械が受けつけないそうで。
そこで私が100円玉を200円分両替しました。
それでも購入できません。
すると、お店の方が100円分の両替をしてくれます。
その時間、約5分。
お爺さんは頼まれたのか、袋入りのパンやラーメンを購入。
お爺さんと私は目が合います。
お爺さん曰く、すみませんね。
私の買い物が終わると、すぐに近寄り、助かりました、有難うございます、とお礼。
外に出ると、お爺さんも自転車。
しかも孫の中学校の許可証が。
ほう、いい自転車ですね、と私のモノに感心してる。
いくら位するのですか、と質問。
この年齢でもいい自転車は分かるのですね。
別にいい自転車じゃなくても、いいのですが。
そして2人並んで自転車で途中まで帰りました。
なんだか春の旅の気分。
梅崎春夫の、春は馬車に乗って、という小説を思い出しました

# by lautrec2kagoshima | 2012-04-10 18:00

2006年4月6日の記録

朝9時半、パリ11区のレストラン、ラグイエールに着く。
中をのぞくと、白衣の男達が見える。
bon jour.
元気よく入る。
bon jour,ca va?
10人のフランス人達とカフェの後、すぐに仕事に。
いきなり私にも仕事が与えられる。シェフパスカルは気のいい人だ。
パスカルとは確か1990年に初めての出会いだった。
フランス中部サンエチエンヌの生まれだ。
22歳の息子がいて、離婚してここの近くに一人暮らしだ。
若い頃、ロンドンで働いてたので英語がうまい。
レストランは3時から6時までお休み。
その間は全員店を出ていく。私は近くにあるペールラシェーズ墓地を散策する。
お、ビゼーの墓、お、ショパンの墓。。
今夜は夜11時に仕事が終わる。
あああ、疲れた。フランス語での仕事は久しぶりだ。
帰りに空腹で倒れそう。
中華の光が見えたので、チャーハンを食らう。
ホテルに着いた途端に寝入る。
明日も早い時間からレストランに行く。

今からちょうど6年前の今日はパリ11区のレストランにおりました。
たまに現地の厨房に立つのは意味のある事です。

# by lautrec2kagoshima | 2012-04-06 17:40

4月のわくわく

4月になりました。桜も咲き、新緑が美しい季節です。
ハノイのあの川下りの水の音。
桂林からつながる大自然の悠久。
その水に自分を置いていると、なんだか素朴に暮らしたくなります。
という事で最近、本から始まり、大部分の所有物を廃棄しました。
最後にベース、自転車、ペン、ニコン機械式、フランス時代のレシピ。
これだけは保存予定しています。
3月は楽しい料理の日々でした。
理想は7,8人までのゲストです。
しかし現実はその3倍とかのゲストの襲来に困惑するのも事実。
デザートまで集中するのは3時間が限度です。
最近、ベルギーからの野菜も入手出来て、範囲が広がりました。
すべてを自分の手で作る、という現実。
一人才能のある若者がここにいたら、と最近思う事です。
フランスに渡る必要などありません。
日本にいても十分にその気があれば学べます。
アメリカに住んでいたから、英語ができる、という文法は成立しないように。
現に友人は外国に1度もいった事はないけど、英検1級を取得したり。
要するにどこにいても学べるのが料理と語学です。
英語を道具に旅する私に最近、幼稚園や小学校からの問い合わせがあります。
英語の楽しさを子供たちに、という方向でしょうか。
しかし、話せるようになるには、根気と時間と継続。
何とも辛い事です。
ただ一つ、外国に暮らす、仕事する。この理由があれば、すいすいと進化します。
さて4月。春のメニュ構築です。
ジャズライブも演奏家の交代で新しい世界へと。

# by lautrec2kagoshima | 2012-04-03 16:00

さよなら子供達

とっても楽しい英語の時間、地図見たり、世界のいろいろなお話をしましたね。
あなた達の目の輝き、忘れないからね。
そしていつの日か大きくなり、外国へ行く日があったら、この私を思い出してね。
40か国の外国を歩いたり。
沢山の友達ができたり。
その時、英語が役立ちましたよ。
それではお元気でね。
あなた達に会えて、とても幸福です。
また会いましょう。約束。3月13日。
昨日の最後の時間、ひらがなで私のメッセージを一人ひとりに渡しました。
さよなら、子供たち。
大切な時間を有難う。
こうして未来に向かう子供たちに会えた事。
19歳で初めて住んだロンドンから、40年の歳月。
この間、数えきれないくらいの外国との交流。
すがすがしい朝でした

# by lautrec2kagoshima | 2012-03-14 16:16

捨てない美学

[#IMAGE|f0196856_7452776.jpg|201203/03/56/|mid|578|434#
ここはパリの5区、カルチェラタンの日曜日の朝市です。
テレビパソコン、ラジオ、なんでも安くで販売しています。
日本なら既にごみ箱行きです。
7月から我が国では、テレビ電波の政府の方針で変更に。
それで従来のテレビが使えなくなるのですよ、と私。
さすが豊かな国ですね。豊富な財政の未来ある国ですね、と皆さん。
それでそのテレビ、基本的にはごみですか?
政府が一部購入資金を負担するそうです。
ますます豊かな国ですね、とフランスの人達。
この国では到底、そんな急にテレビが使えなくなる、とは想像できないそう。
暴動ですよ、と。
それでココのテレビ、ずいぶん古いですが、動きますか?
動きますが、いずれ修理が必要になります。
そういえば、厨房機器もよく修理していました。
ミキサーは毎回毎回、ひもでくくる、という原始的な作業してました。
車もほとんど解体に近いものが使われています。
平均20年は軽く使います。
その分、物を大切にする人達です。
彼らは物を買うよりバカンス、バカンス。
朝市に行くと、メガネやパンクした自転車まで買えます。
エコカー?燃費は公表の約半分なのに、と朝日新聞の記事。
欧州車の公表はほとんど同一です。
原発事故と同じで、真実が隠されている様子が誰にでも分かる日本です。
ケチなフランスに暮らすと、最初は贅沢で金満な日本人は驚く事ばかりです。

# by lautrec2kagoshima | 2012-03-03 08:00

営業マンの種類

この厨房にも毎日いろいろな営業マンが見えます。
材料屋から厨房機器、さらに料理本の紹介など。
年齢もまちまちです。
第一に言える事、それは年齢に関係なく、営業力には大きな差がある、という事。
あ、この人から買いたいな。
あ、この人からはどんなに安くても買いたくないな。
買いたくない人は、自分が一番偉い、さらに悪い事に物を見る目の位置が高い。
こんな人種は案外、多いもの。
最近、初めて来た営業の人。20代です。
まず挨拶に気持ちが深く感じられました。
そして話を聞き出す技を持ちわせている。
材料に対する知識が豊かです。
笑顔も美しいし、これなら営業力ありそう。
最後に彼が小さな声で。。
初めて外国に行きます、と。
昨年一番にスペインワインを売り上げた功績でスペインに招待される、とのこと。
そうか、彼なら誰にでも愛されるから、営業力が伸びる訳だね。
帰り際。
店の入り口の作業用の私の靴が転んでいた。
彼はそれを見つけるなり、整頓して出ていった。
20代の若者。未来あるね。
彼は何しても成功するでしょう。
以来、外で車同士で擦れ違う事も何回か。
必ずいい笑顔で挨拶します。
何も都会の大きなメーカー社員が素晴らしいんじゃないです。
営業力はその人そのものです。

# by lautrec2kagoshima | 2012-02-19 08:39

ロンドンオリンピック

もうすぐロンドンオリンピックが開催です。
どう、英国の盛り上がり?と友人にメール。
オリンピック?
ああ、余りに入場券が高くて、庶民には到底無理だよ、と返事です。
1年前ロンドン市内を歩いた感じでは、白象と呼ばれる5輪施設が建設中でした。
また中心部のピカデリーは監視カメラで覆われていました。
1時間歩くだけでそのカメラに200回は映るそう。
いたずらに町かどをスケッチしたりすると、官憲がすぐに取り調べるそう。
ロンドン暴動以来、かなり政府は神経質になっているようです。
1972年に私がドイツのミュンヘンにいた時の事。
アラブ系のテロリストが爆発事件を起こしました。
当時日本赤軍のテルアビブ空港でのテロもありました。
その影響で国境で深夜に起こされて、持ち物の厳しい検査を受けた事も。
英国人の6割が余り感心がない、との報道です。
そういえばトリノの冬オリンピックの開催の朝刊。
最初の見出しはなんとオリンピックではなく、政治の話題でした。
一つにまとまる日本とは異なり、特に西欧は個人個人の生き方が第一のようです。
まあ、日本のテレビで5輪を楽しむほうが賢明でしょうか。

# by lautrec2kagoshima | 2012-02-10 20:58

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