昨日、若いパリ在住の料理人と語った。
私のいた頃とはまるで恵まれている。
給料は出る、部屋代もでる。
日本企業がフランスに根を張れる時代だからこそ。
レストランを経営する本体に就職ができるんです。
おそらく完全なフランス社会にいるんじゃないと思うが。
私の頃はすべて周りがフランス人だった。
言葉の壁にぶつかった。
仕事を離れると仲間の外にいる以外になかった。
日本企業環境だと、片言英語で済むらしい。
勿論、ビザはない。
不法労働で、何とかしてフランス文化、料理を盗もう、とやってきた。
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今は、その点、恵まれすぎか。
しかし。
恵まれている事がすべていいのか、と考える。
この料理人は、若いのに、上京からすべて自分のバイトでここまで来た。
親の援助はほとんどゼロ。
今どきのだめな子供達は親がかりだから。
外国で何かを学ぶ、そのために親が援助?
日本独特の甘えの構造だ。
そこから金を稼げるまでの才能はなかなか生まれない。
苦労は若い時代は面白い。
久々に元気な若者に出会う。
若者は荒野を歩こう。
時間制限のある命だし。
すぐに閉幕する舞台だし。
と、自分を激励する朝。
さて。今からカフェとパンだ。
ビバルデイを聴いてると平穏な気分になる。
ベネチアには4度もいった。
ビバルデイの演奏会にも行った。
ゴンドラに乗り、私がカンツオーネを歌った。
さあ、仕事に向かおう。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-10-13 07:20

どうした?

おう、どうした?
2月、パリで会った同郷の奴。
娘と高校でクラスメート。
東京のフランス大使館に労働ビザを受領に、との事。
32年前の自分と重なる。
青春。
パリで5年くらいは頑張るそうだ。
来年、また会おう。
へ、パリ5区に暮らしてるんだ。
ソルボンヌのそばだね。
俺たち、学問にはとんと縁はないけど。
ま、いいよね。
夢に向かう青年と語るのは楽しいね。
第2の人生。
そちらに行くから、そこで待つように。
彼は英語は使えるけど、仏語は。。
やはり、仏語ができないとふつごう?
そりゃそうだ、フランス文化を知る最低手段だからね。
お互いに頑張ろう。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-10-12 18:25

どうした?

おう、どうした?
2月、パリで会った同郷の奴。
娘と高校でクラスメート。
東京のフランス大使館に労働ビザを受領に、との事。
32年前の自分と重なる。
青春。
パリで5年くらいは頑張るそうだ。
来年、また会おう。
へ、パリ5区に暮らしてるんだ。
ソルボンヌのそばだね。
俺たち、学問にはとんと縁はないけど。
ま、いいよね。
夢に向かう青年と語るのは楽しいね。
第2の人生。
そちらに行くから、そこで待つように。
彼は英語は使えるけど、仏語は。。
やはり、仏語ができないとふつごう?
そりゃそうだ、フランス文化を知る最低手段だからね。
お互いに頑張ろう。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-10-12 18:25

最後に桜島を走る

休日。天気は晴れ。 
自宅から自転車に乗る。
垂水フェリーで鹿児島へ。
いつものランチと友人と。
そのあと、目の前に桜島がそびえたつ。
胸騒ぎと波の音で心を決める。
桜島へ渡ろう。
帰りを自転車で。
桜島を走るのは中学生以来だ。
桜島を左に見て楽しく。。
と思いきや、爆発だ。。
見る見る煙が上がる。
来た来た、ものすごい降灰だ。
坂道に差し掛かる。
髪は服は自転車は、灰だらけだ。
のどが渇く。
途中の見上げ品屋でポカリ補給。
すると、若い白人夫婦が灰の中を歩いてる。
すみません、鹿児島へバスで行きたいのですが。。
発音からしてアメリカ英語だ。
灰の中で英語が灰色に染まる。
しばらく話して別れる。
さあ、下り坂。
猛烈に灰から逃げる。
夕方、家にたどり着く。
何でも苦労、というか負荷をかけるとそのあとが楽しい。
来月はなんという運命か、青学でフランス語試験だ。
学生時代、成績はほとんど下だったから、たぶん落ちる。
落ちても、しょせん、遊びの分野だ、と慰める。
灰の下、錦江湾の青い海はあまりに美しい。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-10-10 20:24

仮予約完了

来年2月。ブルターニュ行きの航空券を仮予約しました。国際線は330日前から予約ができるので、計画が立てやすいのが利点だ。2月は寒いので、席が取りやすいのと、ビジネスもやや格安。受け入れ先とも連絡が取れて、準備完了です。今、思う。外国語の大切さ。英語とフランス語は第2のパスポートだと。違う言葉を操ることの愉快さは最高の笑い。残り人生をフランスで、を夢に今日まで来ました。東京とフランスに橋を渡して33年です。残り1年余り。もう自分の責任で仕事をする事はない、と思う。だからこそ、今を生きよう。仕入れたフランスの材料、ハーブ類。秋。10月。さあ、秋に向かおう。さあ、フランス語と英語にさらに光をあてよう。
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# by lautrec2kagoshima | 2017-10-02 20:08

言い出せない。

笑顔でお見えになった昨夜のお客様達。  
3年後の30周年の結婚記念日にもぜひ来たいとのこと。 
すみません、本当に。来年で閉幕するんです。
えええ?
驚きの声と失望が響き渡る。
止めないで、いつまでもここがいいから。
そんな声を聞くたびに辛い思いです。
閉店を知ったお客様達が最近、頻繁に来られます。
32年間の気持ちを今、一人ひとり、手書きの文章で書き始めました。
自営はいいですよ、何歳までもできるし。
自営は好きな期間でけでも出来ますよ。
いろいろなご意見はありがたいものです。
しかし、もう残り時間を計算すると、限界地点です。
20歳でロンドンに渡り、32歳でパリに渡り。
そしてここを出て東京から三度、海外、フランスへ。
予定、計画どおりです。
元気な内に、恩返しの意味も含めての渡仏生活。
でも、これからは仕事は第2の目的。
これから友人に会いに英国やイタリアへも旅に出ます。
店を終わる。
あの頃の情熱は32年間継続しました。
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さて、今夜も大仕事。
幸せなご家族にこちらも仕事で応援しよう。
残り時間、できる事をしよう。 
パスカルとアグネス。ブルターニュのレストランで今後お世話になるご夫妻です。


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# by lautrec2kagoshima | 2017-09-23 14:27

いつまで?

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32年間、ただ一筋にフランス料理を追いかけた時間です。  
多くのお客様にゼロから支えられての32年間です。
で、いつまで?
そう聞かれるのが一番、辛い事です。
2018年の夏頃には、レストランの整理を始めようかと、試案中。
まだまだ、これからここを舞台に稼げるのに。
という意見も参考にはしました。
私は東京から2度目のフランス暮らしに。
ブルターニュの友人のレストランで、バカンス期間のみです。
その間、旧友に会い、英国の友人やベルギー、イタリアの知り合いに再会したり。
2018年2月、渡仏します。
友人のレストランオーナーと今後の話し合いです。
私の第2の生き方は、フランスへの恩返し、と決めていました。
夢は叶えるために有る。
残りの時間。
11月のボジョレからクリスマス。
と、最後の日本での料理人としての力を出し切りたいです。
2度目の夢はこれからです。
Jai reve de vivre au Bretagne a partir de 2018.1985年、パリ時代、1歳の娘と隣のガブリエル夫人と。
時は無常に流れました。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-09-18 12:05

定年後の意味

後1年くらいの時間で今の仕事を終える予定だが。。
そのあとの航路が問題、というかどう行動していくのか。
理想は現実に自分の内部に呼吸し始めている。
東京ベースにフランスに自分を再度置いてみよう。
すでに電子交信でいくつかの居場所を選定しつつあるのだが。
まず籍をユニベルシテ、大学に置く。
フランスの大学は30位の国立だから、授業料はただみたいなもの。
学生の身分だとなんでも割引や有利なことが多い。
そして身に付けた料理を利用する。
いくつかのホテルやレストランからの案内が来ている。
ただし、もう第2の人生だから、無理はしない。
1か月くらいを滞在期間にして、フランスを楽しもう。
そして生活ベースを東京に据える。
心配は最後までフランス語だ。
ただ、英語がま、自由に使えるのが有利らしい。
フランスで働くには今や英語は常識だから。
メールでの現地との交信は脳みそを燃焼させる。
兎に角、jusqu`au bout,最後まであきらめないことだ。
時間、生きてる時間は限定。
その中で確実に夢を手に入れる事だね。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-08-08 20:38

残り時間

明日は私が生まれた日、らしい。
暑い夏の7月後半にここで生を受けた。
この地で生きた31年間。
皆様に助けられた31年間。
来年早い時期に終わる事にします。
東京に住まいを見つけました。
残りの人生を今度は蓄積した英語と世界を子供たちに。
個人的には、思い入れの深い第2の故郷、フランスで学びたい。
1年に1か月程度、在仏して言葉だけじゃなく、文化の深層を探りたい。
2013年のフランスの旅以来、真剣?に取り組んだフランス語。
もう用意はできました。
後は滞在する場所の選定。
運よくブルターニュの友人達の誘いで、そこに滞在するでしょうか。
昼間は何かお手伝いでもしたり、学校に通ったり。
残り時間を有効に使う事には才能も必要か、と。
さて、ここのレストラン、思いは深く、やめたくはありません。
お客様がいつもここをご指定してくださる以上。
ま、いろいろ考える最近です。
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この夏からジャズトリオのベーシストとして、再開しました。
何でも挑戦、駄目でもともと。
フランスへ帰ろう。
東京へ帰ろう。
さらば、故郷の川や山。
気持ちはここに置いて行こう。

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# by lautrec2kagoshima | 2017-07-22 17:00 | レストラン便り

最後の最初に戻る

フランスに渡る朝、1985年。
1歳の赤子と家内でパリに向かった朝。
どんな心境で?
世界は自分が主人公、と思ってた。
1971年、ロンドンで学生していた頃から14年。
今度は生き抜くための渡仏。
金なし、財産なし、仏語ほとんどなし。
夢だけが財産。
南回りでどうにか着いた。
雨のパリ。
それから30年の歳月だ。
来年に私はこの仕事を完全に降りることにした。
だから、残された時間を、あの頃に帰ろう。
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新鮮な気持ちに帰ろう。
東京へ、そしてフランスに。
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フランスの大学で歴史を学ぼうか。
原点に返る。
身に付けたフランス料理は残り時間で使い切る。
すべてのお客様にすべてをお返ししよう。
最後の最初、の気持ちで.モンマルトルで暮らした私の家族。Nous avons habites a Montmartre Paris en 1985 hiver.

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# by lautrec2kagoshima | 2017-06-21 20:19

私達夫婦が経営する南仏・地中海料理のお店「LAUTREC(ロートレック)」の毎日の様子を綴ります。


by lautrec2kagoshima